まぁ、長文ですが、お付き合い下さいませ…。22時過ぎに、この長文メールをひとり携帯に向かって打っている田沼くんもいじらしくてなんかいいと思います。でも、それを村上春樹好きだと言っている自分に送ってくるあたりなかなかできないことだ。人徳かな?ありがたや。返事は翌日、通勤電車で座れないという憂き目にあっていた朝に返した。
王様の耳はロバの耳ってね。言わないと我慢できない事なんです。
はてさて、前置きが長くなりましたが僕が何を言いたいのかと言いますと、 ホットな話題ですが、「村上春樹が好きだ」と言う方について…
大抵こうおっしゃる方にね、「何処が好きか」って尋ねると「独特の世界観が〜」「雰囲気が〜」って言うのよね。
そう言われるとにやけちゃうわけですよ。。
「あ〜、つまり何も解んなかったわけだ!!」ってね(笑)
うんうん、もう君はアレだ。「村上春樹が好き」改め「村上春樹が好きな自分が好き」だ。
休日にスタバでiPhoneいじって村上春樹読んじゃうんだねっ!?ってね!!
感銘受けた本がジョブスの自伝で好きな作家は村上春樹だね!?アイシーアイシー。
………あー、公でゲロったら炎上必至だね☆
低脳乙wwwwとかいわれんだろな〜。で、じゃあ何処がいいか教えてって言ったらお前じゃ言っても解んない ……的な??
いやぁ、楽しかった(笑)
あ、なんかゴメンね(´∀`)
休日にスタバでiPhoneいじりながら村上春樹云々はさておき、気持ちはよくわかるよ。というわけで、変わりに載せてみた。本を読んでなかった昔は、何かにつけ「本を読め」 って言う人に腹が立つ思いがあったなあ。だからとりあえず本100冊読んでから文句言う資格を持って
「本を読んだって意味ない」って言いたかったのを思い出した。
読書の意味はあんまりないと思うけど、一人でいることに慣れるツールであるかもしれないし、 想像力を持てるようになるだろうね。
想像力を養えば、少し難しい具体的な問題も抽象化して、置き換えることができる。
例えば田沼が大好きなお笑い芸人で、人気があるんだけど、その良さがさっぱりわからないって人がいるとする。その笑いを「 どこがどう面白いの?」って人に聞かれたら、 そう聞いてくる時点でもうお手上げだって思わない? 面白さに説明がつくことが、 実際の面白さとは何も関係がないのがわかるでしょう。
これは皮肉じゃなく、村上春樹の言葉だけど「説明しなくちゃわからないということは、 いくら説明してもわからないということだ」ってのがあったよ。 村上春樹嫌いって言うことは、 何かよくわかんないけど人気らしいから読むってだけの人よりも数 倍カッコイイ発言だから公でゲロってよし!
筋をずらずらと書いてしまう書評って困ったものですね。とくに結末まで書いてしまうというのは問題がありあます。(中略)一般論で言って、書評というのは人々の食欲をそそるものであるべきだと、僕は思うんです。たとえそれが否定的なものであったとしても、「ここまでひどく言われるのならどんなものだかちょっと読んでみよう」くらい思わせるものであってほしい。それが書評家の芸ではないでしょうか。皮肉(?)なことに、レヴューに対しての感想にも「逆に読みたくなってきた」というコメントがある。そして、批判するためであっても、『多崎つくる〜』からの引用をふんだんに使って説得力を増しているから、それなりの時間をかけてこの作品を読んでいるのがわかる。
『少年カフカ』/村上春樹