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それはよくない。
 いつの間にやらmixiが未成年も利用可能になっていた。
 敢えて言いたい。それはダメだ、と。mixiに限って言うことではないけれど、子どものネット利用すら諸手を挙げて賛成できない。
 マクルーハン(1911-1980)というメディア論の祖はテクノロジーやメディアは神経の拡張であると言った。たとえば車や電車は足の拡張とも言えるし、被服は皮膚の拡張で、ラジオは耳の拡張と言える。
 情報過剰が叫ばれる昨今にあって、学力低下がある。情報は肥大しているのに、その恩恵に与るどころか事態は逆に作用している。内田樹の「下流志向」に次のことが書いてあった。

 
意味がわからないテクストに囲まれて生きているのは、ふつうに考えればストレスフルな経験です。気になってしかたがない。そんなストレスをつねに抱えこんでいたのでは、生物としてのパフォーマンスが下がる。だから、選択肢は二つある。一つは、意味がわかるまで調べて、「無意味なもの」を「意味あるもの」のカテゴリーに回収する。もう一つは、「無意味なもの」があっても「気にしない」という心理規制を採用する。弱い動物はショックを受けると仮死状態になります。そのように心身の感度を下げることで、外界からのストレスをやり過ごすというのは生存戦略としては「あり」なんです。おそらく、現代の若者たちも「鈍感になるという戦略」を無意識的に採用しているのでしょう。それで学力低下という現象も部分的には説明がつくんじゃないかと思います。(『下流志向』P26)



 人の言うことを聞かないことと、ものを知らないことはもちろん同義ではない。文学の話をしても「あ、僕本に興味ないんで」とか、スポーツの話をふれば「サッカーよりも野球の方に興味あります」と言った返答は返ってくるかもしれない。実際に好きな分野に大してはものすごい知識を有しているのかもしれない。けれども言っている本人の興味が「仲間内では常識」の範囲を出なければそれはあまりにも虚しい。その「興味ない」が蔓延するのは生存戦略かもしれないけれども、その戦略の弊害はあまりにも大きい。未成年のうちから情報の渦に飛び込んではたして情報の取捨選択が、玉石混交の見分けがつくだろうか。つかないように思う。
 文学全集のような難しい本を手にとって読み、全くのちんぷんかんぷんという状態でネットに行くとする。そこに「意味がわかりませんでした。面白くない」と書き込む。簡単に追従を得られるだろうし、それに力を得て便乗して書き込む輩も少なからずいるはずだ。そうして思うのは「わからなくてもいい」という安易で心地いい答えだろう。
 幸いというべきなのか、僕の思春期にネット環境はまだ蔓延はしていなかった。そんななかで文学全集をとって読み、全くのちんぷんかんぷんだった。そこで思うのは「自分が悪いんだ」という自尊心がいくらか傷つく悔しい答えだった。
 長い時代を生き残ってきた本に対しての権威が作用したのだ。裸の王様を見て「王様は裸だ!」という子どもの時代をパスして、王様の服は見えないものかと刮目していた。ようは大人になりたかったのだ。
 学校で教わったことで今も残っているものなんてのは指で数えるくらいしかないけれど、ひとつだけ今でも役に立っているものがある。
 中学3年の頃、みんながわからなくて参っている問題があった。先生が「困ったときはチャンスです」と言って「続きわかる人?」と言ってみんなを見回した。そのとき友だちの坂詰くんが「頭のよくなるチャンスです」と応じた。
 おお、そうだな、その通りだな、と関心した。これはNHK教育の「かずとあそぼう」で使われていたフレーズらしい。「困ったときはチャンスです、頭の良くなるチャンスです」簡単なフレーズで覚えやすいけれども、実践するのは相当根気が必要だ。でも、今でもよく思い出しては実践に移している。
 学校で教わる知識なんて全て忘れてしまってもいいけれど、知恵だけは忘れてはいけない。教わらなくてはいけない。最低限、知恵の持った人がネットを利用するべきだと思うのだ。
 わからないことに出会ったら「興味がない。わからないままでいい」を通さないでほしい。マザー・テレサも「愛の反対は憎しみではありません、無関心です」と言っている。
 
 ここはひとつ、わからないことがあったら調べてみましょう。頭のよくなるチャンスですから。それが愛ってやつですよ。たぶんね。

進めなまけもの/斉藤和義

全てのなまけ人に捧げる歌。ほっといて、そっとして、だけどもっと褒めて。
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