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ThinkとBolero
 一年の締めくくりとして2009年に読んだ本のランキングを考えていたのだけれども、今日読み終わった「夜に猫が身をひそめるところ」が…良すぎた…ガクリ…
 なんということだろうか。もう10位までぎゅう詰めなのに、なんでこんなにイイ本に出会ってしまうんだ。2010年が良かった。この本と出会うのは、2010年が良かったよ。
 ところでどうです?この装丁の美しさ。
 この本、「ミルリトン探偵局」と銘打ったシリーズなのである。ミルリトン!あぁ聞いたことすらないのにユーフォリアに包まれる。ミルリトン。
 さぁ、皆さん、ちょっと発音してみてください。
 ミルリトン―
 言いにくくて、たどたどしくて、音が跳ねて。お行儀はいいけど、ドレス・コードにはひっかかりそうな、庶民にも手が届くくらいの気品のある音だと思いませんか。ミルリトン。嗚呼。
 カテゴリーが「クラフト・エヴィング商會」になっている通り、名義こそ「吉田音(よしだおん)」になっておりますが、これ、作者からしてでっち上げなのです。吉田音は実在しません。クラフト・エヴィング商會を営む吉田夫妻の娘という設定なのです。(実際、ちくま文庫の「く」の並びにあります)
 猫のThink(シンク)が拾ってくるガラクタを父の級友である円田(ツブラダ)と吉田音の二人で探偵になり、その謎に迫ろうという趣向なのですが、面白いのは、その謎を解かないようにしようというところなのです。
 「円田さんは大変な名探偵だと父から聞きました。だから<青い16ボタンの謎>も、いつかは解いてしまうかもしれません。でも、ここはひとつ、謎を解かないままどこまでも考え続ける探偵になってください。そうすれば、いつかわたしたちも、夜に猫が身をひそめる場所にたどり着けるかもしれません」
 そう言いながら、わたしは―よし、こうなったら、円田さんとふたりで猫を追いかける「探偵」になってしまおう―と心に決めていた。
 謎は、シンクが運んでくる。
 解ける謎でも、決して解かない。
 その名も「ミルリトン探偵局」というのである。
 シンクの運んでくるものは、釘や紙袋や葡萄の種、楽譜の破片などなど。それらが坂本真典さんの写真に収められてもいて、書誌にも美しい。僕たち読者もまた、謎解きをする必要はないのです。シンクが運んでくるのは謎という解かれることを待つ沈黙ではなく、物語の世界に入りこむための尻尾なのですから。
 それにしても、クラフト・エヴィング商會熱が全く冷めません。『クラウド・コレクター』を2冊購入してしまいました。もちろん、自分用に1冊と、人に薦めるための、もう1冊。
 文庫なのに1冊950円なのが困ったところなんですけどね。
 好きなんだからしょうがない、といえるものが無いよりも、それがある自分は幸せ者だよ、と勇気付けてレジへと持っていくのです。
 
| クラフト・エヴィング商會 | comments(4) | trackbacks(0) |
一筋縄 と、ご報告。
 先回、読書メーターまとめでも触れたとおり、吉田篤弘氏の本がすんばらしく僕の好みにぴったりだったので、今回はちょこっと紹介させてください。その前に少しだけ吉田篤弘氏の紹介を。
 彼は、吉田浩美(妻)と共にクラフト・エヴィング商會(しょうかい)という名義で本をいくつか出版していて、自身の名義でも小説をいくつか発表している。今秋には「つむじ風食堂の夜」が映画として公開されるらしい。諧謔味、シュールさ、それと少しの教訓。そのどれもがほどよい。
 今回紹介するのは、「ないもの、あります」というクラフト・エヴィング商會名義の本。まず開くとこう書いてある。

 ―店主より御挨拶
 
 よく耳にはするけれど、一度としてその現物を見たことがない。
 そういうものが、この世にはあります。
 たとえ<転ばぬ先の杖>。
 見たことはないけれど、名前から察するに、そうとう「いいもの」であることが想像されます。
 あるいは、<堪忍袋の緒>。
 これを、うっかり切ってしまう人が、現代社会では後を絶ちません。
 しかし、勢いあまって、つい切ってしまったけれど、またなんとかやりなおしたい。しっかり<堪忍袋の緒>を締めなおしたい。でも、新しい<緒>は、どこへ行ったら手に入るのだろう?
 このような素朴な疑問とニーズにお応えするべく、わたくしどもクラフト・エヴィング商會は、ここに新しい看板を掲げることに致しました。題して、「ないもの、あります」。
 この世のさまざまなる「ないもの」たちを、古今東西より取り寄せまして、読者の皆様のお手元までお届けいたします。まずは、目録をご覧下さい。


 そして目録には、「舌鼓」「左うちわ」「助け舟」「金字塔」「冥途の土産」「語り草」などがずらりとラインナップされている。中には「獲らぬ狸の皮ジャンパー」なんていう、聞いたことないぞ!とツッコミを入れたくなるものもまじっていて、それもまた面白い。このような「ないもの」を言葉巧みなセールストークと共に、すこしの気づきと注意をもって商品に仕立て上げて紹介するという趣向の本なのだ。今日紹介したいのはその中の「一筋縄」。


 一筋縄(ひとすじなわ)
 catalogue no.21

 これもまた、じつに問い合わせの多い商品であります。
 たとえば―
 「……じつは今、ちょっと、にっちもさっちもいかない状態にありましてね、なんとか、こう……一筋縄で、ぐっと解決しないものかなぁ、と思いまして……ありませんかねぇ? いい感じの<一筋縄>」
 と、こんな具合です。
 答えはイエスにしてノー。
 いえ、たしかに当商會の商品カタログに、<一筋縄>という商品が掲載されていることは確かなのです。あるには、あるのです。
 しかし、<一筋縄>で、「ぐっと解決」することは出来ません。
 「<一筋縄>ではいかない」
 これが、正しい文法であります。
 したがって、その商品もまた、当然ながら、
 「ではいかない」
 わけです。
 いえ、確かにとても「いい縄」ではあります。誰がどこからどう見ても、何の不備もありません。そこには、「この縄さえあれば」という先行イメージが確実にあります。
 しかし、そうは「いかない」わけです。
 では、なぜ「いかない」のでしょう?
 なぜ、「一筋縄でいく」という言葉は存在しないのでしょうか?
 あれば、至極便利なのに。
 ……そう、そこなのです。
 その「便利」というもの。これこそが曲者です。
 「便利ならば、それでよいのか?」 この<一筋縄>という商品は、われわれに、そう問いかけているのではないでしょうか?
 「たまには、あえて不便というものを愉しんでみよ」
 そう言っているのではないでしょうか?
 ですから、この<一筋縄>なるもの、徹底して不便に出来ています。確かに「一筋」なのですが、極端に短く、重く、固く、およそ縄としての存在理由が見つかりません。
 この商品の利点は、貴方が<一筋縄>で、まとめ上げることのできなかったものの「大きさ」と「手ごわさ」とを、痛いほどはっきり示してくれることなのです。
 すなわち、貴方の真の力を教えてくれる道具なのであります。

物理的には、永遠に何の役にも立ちません。
びっくりするくらい重くて固い縄です。いやな
臭いまで染みついています。しかし、この縄
は、あなたの「便利のみを追求する気持ち」
を、永遠に締め上げてくれます。にっちもさっち
もいかなくなったとき、あえて、この縄を取り出
し、おのれの無力さを味わいましょう。


 
 
 と、こんな感じの本です。1冊1時間ちょっとあればたちまち読了します。読んでる間、にやにやが止まらなくて非常に危ない、いや、アブナイ人っぽくなりますので注意してください。(画像が暗くてごめんなさい)
 
 
 それと、ちょっとだけ報告を。
 
 長い間お世話になりましたmixiを26日か27日には退会する予定です。
 うーん、これを説明するにはちょっと自分でも手に余ります。
 でも、なんというか、mixiというのはまさに「あえて不便を愉しんでみよ」の招待性SNSとして開かれたネットの世界にあって、閉じた空間を演出して成功したところがあるように思うのです。
 そのmixiが未成年を入れたり、アプリ、つぶやき、仲良しマイミクなどなど最近とみに色んな機能でてんこ盛りになっている。どうにも不便がない。とても便利だ。
 mixi経由で見てくださっている方が多いのもわかっているけれど、あえて言う。
 「便利ならば、それでよいのか?」
 僕は<一筋縄>を取り出して、無力さを味わいながら、今いちど不便さが恋しい。のかもしれない。
 


| クラフト・エヴィング商會 | comments(8) | trackbacks(0) |