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10秒。
 文藝春秋の5月号に載っていた、藤原正彦氏(数学者「若き数学者のアメリカ」などの著者)のお茶の水大学での「父・新田次郎の背を追って」と題された最終講義にいくつかの話がおもしろかったので紹介しましょう。

 藤原正彦氏が、東京大学の数学科に入学したとき、先輩の大学院生に、「昨夜数学の勉強をしていたら、ひじょうに美しい定理に出会って涙が流れて眠れなかった」と眠たそうに言われたことがある、と氏は語り、キザなことを言う人だ、とそのときは思ったのだそうなのだけれども、自分自身を振り返り、涙が流れて眠れなかったことがないのは、自分に美的感受性が欠落しているのではないか、と感じて落ち込んだことがある、というエピソード。

わかる。友だちにマルグリット・デュラスの「愛人(ラ・マン)」という小説を薦めてくれた人がいて、その人が言うには「こんな面白い作品を書けるなんて、このひとはとてつもない天才だ!!」と息も荒く熱弁ふるっていて、そんなに言うんじゃあ、って思って読んでみたことがあったんだけど、さっぱり意味がわからなくて参ってしまった経験がある。友だちが背伸びをして、難解な小説を薦めたんじゃないのか、なんて思ってしまってもよかったのかもしれないけれども、世界的ベストセラーだし、その作品に対して一箇所も琴線に触れるところが無かったというのがとても残念だったのをよく覚えている。僕には美的感受性が欠落しているんじゃないか、という変な劣等意識を持つようになったっけ。

 もう一つのエピソードは、仕事を成し遂げる三大要素に野心、執着心、楽観的を挙げていて、楽観的な考え方がなぜ仕事を成し遂げるために必要なのか、ということに対して、こんな挿話を挟んでいました。
 
三つ目にして最も大切なのが、楽観的であることです。悲観的な人は一生悲観しているだけで人生が終わってしまいます。自分の能力などに自己猜疑心が強い人は、物事にぶちあたる前にエネルギーをすり減らしてしまいます。自分を客観的に見たら人間というものは生きていけません。おめでたくてよい。主観的でいいのです。小平先生が「あれほど頭がいい人は見たことがない」と舌を巻いた、ポール・コーエンというフィールズ賞受賞の数学者がスタンフォード大学にいました。私もよく知っている彼は、どんな問題を見ても第一声は「オー!イッツ・ソー・イージー」。大抵は解けないのですが(笑)、いかに天才コーエンといえども、見たことのない問題を前にすれば一瞬怯むのです。そこで「こりゃ簡単だ」と自分に気合を入れて問題に立ち向かうのでしょう。楽観的でないと脳が全開しない。それに楽観的でなければ、挫折した時に立ち直ることもできません。


 そういえば前首相は自分のことを客観的に見られる人だった。客観視できる分、楽観的にふるまえなかったのかな。それにしても、論理の鉄人たる数学者が気合を入れてから問題に取り組む、というエピソードは、凡人の自分を幾分かなぐさめてくれるように思う。数学は好きでも得意ではなかった自分などは、難解な問題にいろんな公式をあてはめ、すぱっと解いてしまう人を羨望していた。こんなに「才能」の2字を意識させる科目もないんじゃないか、と思っていたから。

 文藝春秋に収録された氏の講義のなかに、算数の問題があったので、みなさん試してみてください。

 問題:太郎君と次郎君が100m競争をしました。太郎がゴールした時、次郎は10m後ろにいました。そこで次は、太郎がスタート地点より10m後ろから走ることにしました。どちらが先にゴールしたでしょう。

 少年藤原正彦は、4年生のときにだされたこの問題を10秒で答えたそうです。僕は15分かかりました(笑)やっぱ才能あるんじゃねーか。
| 藤原正彦 | comments(4) | trackbacks(0) |